「毎日やらなきゃ」って、最初からしんどすぎる約束 を自分と結んでいませんか?

「また続かなかった」と天井を見つめる夜に
夜、部屋の電気を消してベッドに入ったとき、
ふと「今日も予定していたことが半分もできなかったな」と天井を見つめてしまう。
そんな夜ってありませんか。
英語の勉強を毎日30分やるとか、
夜にスクワットを20回やるとか、
日記を毎日書くとか。
自分で決めたはずの小さな約束なのに、気づけば三日も持たずに力尽きている。
そして「やっぱり私は意志が弱いダメな人間なんだな」と、
布団の中でため息をつくわけです。
それ、まるで靴の中で靴下が半分くらい脱げかけているような、
あの地味でじわじわとした気持ち悪さを抱えたまま、
無理に走り続けようとしている状態に近いと思うんですよね。
最初から自分の足に合わない、きつすぎる約束をギチギチに結んで歩き出している。
だから、しんどくなるのは当たり前なんです。
コツコツ続けるって、実は一番ハードルが高いこと
僕が普段、障害福祉の事業所でいろんな人と関わっているとね、
「結局はコツコツ続けることが大事ですよね」という話に何度も行き着きます。
最初はその場所に来るだけでも精一杯で、玄関で立ち止まっていた人が、
毎日少しずつ顔を出せるようになる。
短い時間しかいられなかったのが、「もう少し長く居てみようかな」と言い出す。
やがて「次はこんなことに挑戦したい」って、自分から目標を口にするようになる。
こういう姿を見ていると、地道に積み重ねることの凄さを本当に実感します。
でもね、僕にはずっと引っかかっていることがあるんよ。
「コツコツ続けなさい」っていう言葉。
これ、世間ではよく良いアドバイスとして使われますけど、
実は一番難易度が高くて、ある意味ではちょっと無責任な言葉だとも思うんです。
だって、それが簡単にできるなら誰も苦労しないでしょ。
続けられる人は言われなくても続けているし、
続けられない人に「続けなさい」とだけ言っても、
ただプレッシャーになるだけで何も届かない。
一番難しいことに、ただ綺麗な名前をつけて丸投げしているだけのような気がするんですよね。
明日の自分に「1分の誤差」を許してみる
だからね、何かが続かないときに「自分の意志が弱いからだ」って、
性格のせいにしなくていいんです。
続けるっていうのは、気合いの問題じゃなくて、
ただの「設計」の問題なんやろなと思います。
たとえば、今の自分が2時間机に向かうのが限界だとしますよね。
そこにいきなり「明日からは3時間頑張るぞ」って目標を立てると、
だいたい心がポキッと折れます。
やる前から「できるか、できないか」を頭で判断しなきゃいけなくなって、
その判断自体がものすごく重たい荷物になってしまう。
……いや、ちょっと違うな。
僕だって、こうやって偉そうなことを言いつつ、
昔から新しいことを始めてはすぐに放り出す三日坊主の達人なんですけどね(笑)。
じゃあ、どうすればいいかっていうと、
明日の自分に「1分の誤差」だけを求めてみるんです。
「明日は2時間と、あと1分だけやってみよう」
1 分なんて、生活全体から見れば完全に誤差の範囲ですよね。
できるかどうかをわざわざ身構えて判断する必要すらありません。
意志の力なんて1ミリも使わずに、ふらっと更新できてしまう。
僕たちの現場でもね、まずは「半歩」だけでいいから進んでみましょ、
と声をかけています。
設計図さえちゃんとしていれば、あとはぼちぼちでなんとかなるなる、ってね。
意志が弱いから続かないのではない。
毎日「できたか、できなかったか」の一か八かの二択で自分を採点していると、
どうしても心がパンクしてしまいます。
大切なのは、完璧な結果を毎日そろえることじゃなくて、
誤差みたいな小さな変化に、
ぼちぼちと触れ続けることなんじゃないですかね。
今日がダメでも、年間効率で考えたら「まあ、そんな日もあるか」と、
積極的な休暇をとったと思えばいい。
オンとオフのバランス感覚を養っていく方が、ずっと健やかです。
今日、予定通りにいかなかったとしても、
あなたが自分を責める必要はどこにもありません。
意志が弱いから続かないのではない。
ただ、自分に優しくない設計になっていただけ。
地道にやっていることは、どんなに小さくても必ずどこかで活きてきます。
だから、今夜はもう難しいことを考えるのをやめて、よく寝ましょう。
明日は、ほんの1分の誤差を面白がるくらいで、ちょうどいいんですから。